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奈良地方裁判所 昭和51年(ワ)9号 判決 1979年7月12日

原告

富田伊亮

被告

木村正昭

主文

被告は、原告に対し五、四〇三、三八九円及びうち四、九五三、三八九円に対する昭和五一年一月二四日から右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は四分し、その三を原告の、その一を被告の各負担とする。

この判決第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し一九、九〇八、九四三円及びうち一六、四〇八、九四三円につき訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二請求原因

一  事故

原告は次のとおり交通事故により傷害を蒙つた。

1  日時 昭和四六年一二月四日午後四時一五分頃

2  場所 奈良市登大路町三五番地

3  加害車 普通乗用自動車

右運転者 被告

4  被害車 普通乗用自動車

右運転者 原告

5  態様 被害車の左斜前方約一メートルを進行中の加害車が被害車左後部ドアに衝突し、その衝撃により被害車を中央分離帯に乗り上げさせ植木の防護柵に衝突させた。

二  責任原因

被告は、右折のための合図をし、後方の安全を確認して右転把すべき注意義務があるのに、その合図をせず安全を確認することなく突然右折した過失がある。

三  傷害、治療経過等

頸椎捻挫兼バレー症候群を受傷し、奈良市内桜井病院に昭和四六年一二月四日から同四七年三月二日まで通院、同月三日から同月九日まで入院、天理よろず相談所病院脳神経科に、同四七年三月一四日から現在まで通院、又奈良県立医大眼科に同四六年一二月二七日から同四七年二月一九日まで通院、前記よろず相談所病院に同四七年三月二八日から現在まで通院している。

原告は、右傷害により、頭痛、頸部痛、後頭神経痛、右上肢けん怠感、右第五指知覚純麻、かすみ眼を生じ、(X線像では第五頸椎後方に軽度のすべりが見られ、脳波検査では低電位の所見がある)、右病状は一進一退で快癒せず、昭和五〇年八月一二日、外傷性頸部症候群による頸部筋異常亢進、頑固左肩こり、頸部痛(X線像上頸椎異常)を残し、上を向いての作業不能、手を持ち上げての作業困難、ミシン等の作業や腕を使う作業は一日数時間が限度と云う後遺症を残し、症状固定と認定された。

四  損害

1  治療費 三一七、二一六円

(一) 桜井病院 一五〇、二七五円

昭和四六年一二月四日から同四七年三月九日まで入院七日、通院二四日

(二) 奈良県立医大病院 一二、六三二円

昭和四六年一二月二七日から同四八年二月一九日まで通院八日

(三) 石崎眼科 五〇〇円

通院二日

(四) 大熊眼科 二、六〇〇円

通院二日

(五) 松田接骨医 三、六〇〇円

(六) 天理よろず相談所病院外科 一四一、四五〇円

昭和四七年三月一四日から同五〇年一〇月二八日まで通院八二日

(七) 同病院眼科 六、一五九円

昭和四七年三月二八日から同五〇年一〇月三一日まで通院一一日

(八) マツサージ代 七五、八〇〇円

四七年、四八年 四一、七〇〇円

四九年一月から六月まで一〇回(一、〇〇〇円) 一二、〇〇〇円

四九年七月から五〇年四月まで九回(一、三〇〇円) 一一、七〇〇円

五〇年五月から一〇月まで七回(一、五〇〇円) 一〇、五〇〇円

(九) 以上の外昭和五〇年一一月一一日から同五三年五月二三日までの間治療費として九八、二七一円を支払つている。

2  休業損害 六、〇一五、九二七円

原告は、インテリヤ施行販売を業とする者であるが、昭和四六年の収入は一、二一六、〇〇〇円であるところ、同年五月一日から六月三〇日までは参議院選挙応援のため、又同年一二月一五日からは本件事故のため休業したので年間実働月数は九・五月となるので月収は一二八、〇〇〇円(訴状に一二五、〇〇〇円とあるは誤記と認められる)となり、一三日の休業により休業損害は六六、五六〇円となる。

(一二八、〇〇〇円÷二五×一三)

昭和四七年の所得は、昭和四六年の推定所得一、五三六、〇〇〇円の一割七分増(七分は一般所得上昇率、うち一割は昭和四五年九月頃から本格的に始めたインテリヤの仕事が昭和四六年は施行技術販売技術の向上、得意先の確保により拡大する予定分)である一、七九七、〇〇〇円となるところ、二一七、九〇〇円の所得しかなかつたから一、五七九、一〇〇円の休業損害を蒙つた。

昭和四八年の所得は、昭和四七年の推定所得一、七九七、〇〇〇円の一割増である一、九七六、七〇〇円となるところ、一二一、五〇〇円の所得しかなく、又妻が同年七月一日から半年間病状が良くなつたので原告が一日約二時間家事労働をしたが、一日八時間労働としてその四分の一の半年分即ち八分の一の推定所得二四七、〇〇〇円を減じたから一、六〇八、二〇〇円の休業損害を蒙つた。

昭和四九年の所得は、昭和四八年の推定所得一、九七六、七〇〇円の一割二分増である二、三七二、〇四〇円となるところ、三四八、七六二円の所得しかなく、又妻が同四九年六月二一日死亡したため病気療養中、死亡後の家事労働に通年して平均二時間とられたから一日八時間労働として年収の四分の一の所得五九三、〇一〇円を減じたから一、四三〇、二六八円の休業損害を蒙つた。

昭和五〇年の一月から七月末までの所得は、昭和四九年の推定所得二、三七二、〇四〇円の一割一分増である二、六〇九、二四〇円の一二分の七である一、五二二、〇五六円となるところ、配偶者欠除により一時間労働時間を減じたから右金額の八分の七である一、三三一、七九九円の休業損害を蒙つた。

3  後遺症による逸失利益

前記後遺症のため、壁紙・壁布(クロス)の施工は上方を向いて仕事をしなくてはならないため全然出来ず、カーテンの縫製加工は一日二時間で一週間続けるのが限度のため継続的に注文がとれず、カーペツトの施工は一日三乃至四時間で三日が限度のため、まとまつた注文がとれない状況で労働能力は現況四〇パーセント以上低下しているが、漸次幾分回復するとしても三五パーセントの喪失は免れない。

ところで、昭和五〇年の年間推定所得は前記のとおり二、六〇九、二四〇円であるが、原告は現在三六歳(昭和一四年二月二六日生)であるから就労可能年数は二七年(ホフマン係数一六・八〇四)として、逸失利益は九〇〇、〇〇〇円×一六・八〇四=一五、一二三、六〇〇円となるが、本訴においてはうち一〇、〇〇〇、〇〇〇円を請求する。

4  慰藉料

本件事故による入・通院、後遺症に対する慰藉料としては三、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。

5  弁護士費用

被告は、原告の賠償請求につき誠意がなく、本訴に及んだが、このため弁護士に訴訟委任したことによる費用のうち着手金一、五〇〇、〇〇〇円を本訴において請求する。

6  原告は自賠責保険から一、〇〇〇、〇〇〇円を受領した。

本訴請求

よつて、前記第一、一(請求の趣旨)記載のとおりの判決(遅延損害金は民法所定年五分の割合による。但し、弁護士費用に対する遅延損害金は請求しない。)を求める。

第三請求原因に対する答弁

一  請求原因一項は認める。

同二項、三項、四項1乃至5はいずれも争う。

二1  原告は収入を証明する資料として、確定申告書(甲八号証、九号証)を提出するが、これらはいずれも本件事故後に事故の補償のため作成されたもので証明資料にはならないから、原告の収入の認定は各年度の賃金センサスによる平均賃金に因るべきである。

2  原告は頸椎捻挫等の傷害を受け、入・通院をなし、昭和五〇年八月一二日症状固定に至つた。この間総日数一、三五七日中、入院七日、通院実日数は一〇七回であることを考慮すれば原告の症状は入院中はともかくとして、稼働し得ない程重大とは考えられない。原告主張の症状は全て愁訴ばかりであり、少なくとも事故後六ケ月以降は割合的逓減がなされるべきである。

又後遺障害の程度も自賠法施行令別表の一二級相当で、原告の労働能力に影響するとしてもその程度は一四パーセントを超えることなく、その継続期間は三年程度である。

第四被告の主張

1  本件事故については当事者間において、昭和四七年五月一四日示談が成立し、示談金六八〇、〇〇〇円も完済し、解決ずみである。

2  本件事故は昭和四六年一二月四日に発生し右のとおり、昭和四七年五月一四日示談成立に至つたものであり、本訴提起(昭和五一年一月二〇日)は右の日から既に三年を経過している、被告は本訴において、消滅時効を援用する。

3  仮に被告に支払義務があるとするも、原告には、被告が右折点の二〇メートル手前から速度を一五キロメートルに減速し、右折の合図を続けたのに、右折合図を見落し、右折態勢に何の配慮もしなかつた過失があるから、相当の過失相殺がなされるべきである。

4  原告の症状は本件以前の他事故に基因するものであるから、その寄与割合も考慮されるべきである。

第五原告の答弁

1  昭和四七年五月一四日被告から一時金として、六八〇、〇〇〇円(但しうち一八〇、〇〇〇円は同乗していた妻の分である)が、示談成立は争う。

2  時効の点については、原告は治療継続中であり、症状固定したのは昭和五〇年八月一二日であること等からして問題ない。

3  被告は突然而も合図もなしに右折したものであるから原告の過失は問題にならない。

4  原告の症状は全て本件事故によるものである。

証拠〔略〕

理由

一  本件事故の発生

請求原因一項は当事者間に争いない。

二  被告の過失、過失相殺

成立に争いのない乙二号証、三号証、六号証乃至八号証によれば、本件事故現場は当裁判所南側の東西に通じる幅員約三メートルの中央分離帯の左右に各幅員約一〇メートルの車道(二車線で中央に白い破線が設けられている)がある道路と、右分離帯の切れ目約九メートルから北方に通じる幅員約五・五タートルの道路が交差する交通整理の行われていない丁字型交差点であるが、原告は後部座席に妻と長男を同乗させ右東西に通じる道路の内側車線を東から西に向け、時速約四〇キロメートルで進行中、右交差点手前約一〇メートルに差しかかつた際、左斜前方約三・五メートルに外側車線から右折してくる加害車を認め危険を感じ直ちに右転把すると共に急制動したが及ばず、約九・五メートル滑走して自車左後部ドア付近に加害車右前部を衝突させ、更に七メートル滑走して分離帯に乗り上げ停止した。一方、被告は右道路外側車線を東から西に向け加害車を時速約三〇乃至三五キロメートルで運転走行中右交差点を右折するため、交差点中心から約二二・五メートル手前で右折の合図をし時速約一五キロメートルに減速してそのまま約一〇メートル直進した後右折を開始したが、右地点から約三・五メートル進行して内側車線に車体右前部が入つた際、バツクミラーで右斜後方約三・五メートルに被害車を発見急制動したが間に合わず、自車右前部を被害車左後部ドアに衝突させたことが、認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

右認定事実によれば、本件事故は被告が右折に際し、予め道路の中央に寄り、かつ交差点の中心の直近の内側を徐行し、更に交差点の手前から三〇メートル手前の地点で右折の合図をすべき義務を怠つたことにより惹起したものと云うべく、被告の過失は免れない。一方、原告にも左方の外側車線を走行中の車両に対する注視を欠いた過失が認められるが、過失相殺しなければ著しく衝平の原則に反する過失とは認められないから、被告の過失相殺の主張は採用しない。被告は原告の蒙つた損害を賠償する義務を免れない。

三  傷害の部位、程度、治療経過

成立に争いのない甲二号証乃至七号証、一〇号証、一五号証乃至一七号証、二〇号証の一乃至四五、二一号証、二二号証の一、二によれば、

1  頸椎捻挫兼バレー症候群(事故時桜井病院での診断)、外傷性頸部症候群(天理よろず相談所病院での診断)

2  頭痛、頸部痛、肩こり、両眼の疼痛、かすみ目眼精疲労、右上肢倦怠感、不眠などを主訴とし、左上眼窩神経・左第二頸神経圧痛、左交感神経過敏、頸部筋異常緊張、視力調節力の軽度の衰弱、の外X線像上第五頸椎に軽度の後方辷りが認められた。

3  事故当日の昭和四六年一二月四日から同四七年三月二日まで桜井病院に二四回通院し、翌同年三月三日から同月七日まで同病院に七日間入院し、同四七年三月一四日から同五〇年八月一二日までの間天理よろず相談所病院脳神経科に七八回通院した外、同四七年三月一七日大熊眼科に一回、又同年三月二八日から同四八年一月三〇日までの間天理よろず相談所病院眼科に四回通院し、同五〇年八月一二日同病院脳神経科でX線像上後屈位で第五・第六頸椎の後方辷り・頸椎運動障害、項頸部筋の異常緊張を後遺して症状固定と診断される。

その後、昭和五〇年一一月一一日から同五三年五月二三日までの間右病院脳外科に四二回、同五一年一月一三日から同五三年二月二八日まで同病院眼科に八回通院した外、池上治療院に昭和五二年一〇月一六日から同五三年五月七日までの間一二回はり、指圧治療のため通つた。以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

なお、前記認定の本件事故の態様、被告本人尋問の結果によれば被害車同乗者二名がいずれもさしたる傷害を蒙つていないこと、原告は以前から室内装飾業を営んでいたことに照せば、原告の傷害はかなり重く、又症状も頑固であることから既応症の存在乃至心因性加重による増悪が当然考えられるところであるがこれらを認めるに足る確証も又存じない。

四  示談成立、消滅時効

成立に争いのない乙一号証、原・被告各本人尋問の結果によれば、原告は昭和四七年五月一四日未だ通院治療中でなお加療を要し、就労不能の状態であつたが、被告と「原告の蒙つた一切の損害を自賠責保険、自動車共済(任意保険)で支払う。保険請求手続に被告は出来るだけ協力する。被告は右保険金の外に六八〇、〇〇〇円を支払う。原告はその余の請求を放棄し今後何らの異議・要求をしない。」旨の示談契約を締結したことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

ところで、傷害の全損害が正確に把握し難い状況の許に結ばれた示談契約で、かつ少額の賠償金以外は将来一切の請求を放棄する旨の約定がなされた場合、当時当事者が確認し得なかつた著しい事態の変化により損害の異常な増加が後日生じたときは、先の権利放棄条項はその効力を失うものと解するのが相当であるところ、右認定にかかる示談契約は前記認定の如き状況の許で締結され、当時交付された金額は六八〇、〇〇〇円であつたが、先に認定のとおり原告の症状は著しく重態で長期の治療を要し後遺症が生じたことに照せば権利放棄条項は効力を失つたものと云うべく、従つて、被告は右示談締結後生じた原告の後遺障害についても賠償する義務がある。被告の示談締結の主張は右判断の限度においてのみ理由がある。

次に、消滅時効の主張について判断するに、本訴が提起されたのは一件記録によれば、昭和五一年一月二〇日であり、従つて本件事故後三年を経過していること明かである。

しかしながら、社会通念上事故発生当時或は示談締結当時において被害者が予想もしなかつたような結果が発生し、損害が著しく増大した場合は、右増大した新たな損害について被害者がこれを知つたときから別個に消滅時効が進行するものと解するを相当とするところ、前記認定によれば、原告の本件事故による傷害は一進一退の状態を続け、昭和五〇年八月一二日症状固定と診断されたものであるから、その時において、原告が当初予想した損害と異つた重大な損害の発生を始めて認識したものと云うべく、右日時以降の損害については同時点から新たに消滅時効が進行するものと云わなければならない。

以上要するに被告は原告に対し、原告が昭和五〇年八月一二日以降蒙つた損害について賠償する義務がある。

五  損害

1  後遺障害による逸失利益

前記乙三号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は室内装飾業を営む、昭和一四年二月二六日生の男性であることが認められる。そして、前記認定の後遺症の程度によれば、昭和五〇年八月一二日から五年間は労働能力を三五パーセント喪つたものと解するを相当とする。

又原告は昭和五〇年における年間収入は二、六〇九、二四〇円を下らないと主張するところ、右主張は、昭和五〇年における奈良県の産業計男子労働者三五歳乃至三九歳の平均賃金を若干下廻るもので、信憑するに足りる。してみると、原告が蒙つた損害は二、六〇九、二四〇円×〇・三五×四・三二九(年五分の中間利益を控除した五年間のライプニツツ係数)=三、九五三、三八九円。

2  慰藉料

本件事故の態様、後遺症の程度、原告の年齢、職業その他本件証拠により認められる諸般の事情に照せば、慰藉料は一、〇〇〇、〇〇〇円をもつて相当と認める。

3  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照すと、原告が被告に対し本件事故による損害として賠償を求める弁護士費用の額は四五〇、〇〇〇円とするのが相当である。

結局被告は原告に対し、五、四〇三、三八九円及びうち弁護士費用を除く四、九五三、三八九円に対する本件訴状送達の翌日であることが一件記録により明かな昭和五一年一月二四日から右支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて、原告本訴請求は右の限度でこれを認容し、その余はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 菅納一郎)

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